大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1340号 判決 1965年2月25日
控訴人 大正アスベスト株式会社
被控訴人 株式会社大丸機工パツキング製作所
主文
原判決を取消す。
被控訴人は控訴人に対し、金一、五五〇、七七三円及びこれに対する昭和三三年六月六日以降同三四年一月一九日まで、同三四年七月三一日以降完済にいたるまで年六分の金員の支払をせよ。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
本判決は、被控訴人が金五〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は、主文第四項同旨及び「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、金一、五五〇、七七三円及びこれに対する昭和三三年六月六日以降完済にいたるまで年六分の金員の支払をせよ。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、次に訂正付加するほかは、原判決の事実欄に記載しあると同一であるから、これを引用する。
控訴代理人はおいて、
一、原判決一枚目裏八行目から一四行目にかけて「昭和三二年一月九日より云々昭和三三年六月五日」とあるを「昭和三二年六月二日から同年八月六日までの間に石綿ヤーン、クロス、パツキング等を合計金四、七五〇、二四〇円相当分を売渡したが、これ等のうち金一一〇万円相当分が返品され、また代金額から金四、二八〇円を値引きしたので、売却代金は金三、六四五、九六〇円である。被控訴人はこれに対して、金二、〇九五、一八七円の支払をしたので、結局未払残代金は金一、五五〇、七七三円である。そこで、控訴人は被控訴人に対し、金一、五五〇、七七三円及びこれに対する右約定による支払期日の翌日である昭和三三年六月六日」と訂正し、
二、控訴、被控訴人間に被控訴人主張のような支払猶予の約束が成立したことは否認する。仮りに右の約束ができたとしても、被控訴人から送付されてきた商品見本は市価に比して著るしく高く、被控訴人に取引を継続するについての誠意が認められなかつたので、昭和三四年一〇月上旬頃支払猶予契約を解除する旨の意思表示をした。
三、仮りに、右が認められないとしても、右支払猶予については期限の定めがなく、且つその後数ケ月控訴被控訴人間には何等の取引もなく経過しているのであるから、本件訴状の送達をもつて残代金の請求をすることによつて支払猶予を解除したものであると述べ、
被控訴代理人において、
一、仮りに控訴人主張のように、被控訴人が控訴人と取引をしたものであるとしても、その買掛金債務については、その処理一切を委されていた控訴人の社員芝野三郎及び経理部長某と被控訴代表者本人との間に昭和三四年四月その支払を猶予し、その支払方法として、(イ)控訴人は被控訴人から買付けた商品代金のうち二割を控除してこれを債務の支払に充当する。(ロ)被控訴人は控訴人から商品を買付けたときには、その商品代金に二割を加算して支払をなし、その加算した二割の金員を債務の支払に充当する、(ハ)控訴人が被控訴人振出の手形を割引したときには、その割引手形の対価の一割を控除して、これを債務の支払に充当する旨の和解が成立しているから、控訴人の請求には応じられない。
二、控訴人主張の再抗弁事実はいずれも否認する。
と述べた。
なお、原判決二枚目裏九行目の「次いで、」から三枚目表五行目までを削除する。
証拠<省略>
理由
一、控訴人は被控訴人に対して、その主張の売掛残代金債権一、五五〇、七七三円を有すると当裁判所は認めるが、その理由は次に付加訂正するほかは、原判決の理由一(一)ないし(三)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(一) 原判決理由一(一)の最初から八行目に「被告会社代表者尋問の結果」とあるを「被控訴人代表者本人尋問(当審及び原審)の各結果、後記(二)にあげる各証人の証言及び弁論の全趣旨」、同一三行目の「同三三年三月三一日云々」以下次の行全部を「同三三年三月三一日付をもつて右甲第一号証を作成したことを認めることができる。」、同(三)の最初から六行目に「証人芝野三郎の証言」とあるを「証人芝野三郎(当審及び原審)の各証言」と各訂正し、一二行目に「証人水本平八郎」とある次に「証人上野一郎(当審及び原審)」を加え、同一六行目に「乙第四号証の二乃至五」とあるを「乙第四号証の二乃至六」、同一八行目に「同三四年二月上旬」とあるを「同三三年一一月三〇日頃」、同二八行目に「第六」とあるを「第六号証」、同三一行目及び三四行目に「被告会社代表者尋問の結果」とあるを「被控訴人代表者本人尋問(当審及び原審)の各結果」と各訂正し、同三五行目に「照らして信用できない。」とある次に「後記甲第七号証には大丸機工(株)の欄の記載があるが、当審証人藤井晃の証言によれば、この記名は被控訴人の通称又は略称と安易に考えて記載されたもので、被控訴人と同一人格者と考えていたものであることを認めることができる。」を加える。
(二) 原判決四枚目表一五行目の「且つ前掲云々」から同裏五行目終りまでを全部削り、ここに新に、「たこと前認定のとおりである点に、原審証人水本平八郎、原審及び当審の証人芝野三郎、上田一郎、当審証人藤井晃の各証言及び弁論の全趣旨を綜合すると、株式会社の商号が表示されていなくとも、右甲号各証は、いずれも被控訴人の作成したものと認められ、従つて、甲号各証によつて認定された右事実は、いずれも控訴、被控訴人間の事実と認められるので、控訴人と石綿等の売買取引をしたものは、被控訴人とみることができる。前記乙第一号証の一、方式及び趣旨から公務員が職務上作成したものと認められるので、真正に成立したものと推定される乙第七号証の一、当審証人藤井晃の証言により真正に成立したと認められる甲第七号証、同証言、当審及び原審の証人上田一郎の証言によれば、控訴人は石綿製品の製造販売を業とする株式会社で、被控訴人は同種商品の製造加工を業とする株式会社であるが、控訴人は被控訴人に対し、昭和三二年六月二日から同年八月六日までの間に、石綿ヤーン、クロス、パツキング等を代金四、七五〇、二四〇円相当分売渡したが、支払等があつて、その残代金は金一、五五〇、七七三円であり、その履行期は昭和三二年九月五日であることを認めることができる。」を加える。
二、被控訴人主張の支払猶予の抗弁について判断する。
(一) 昭和三四年一月下旬控訴人は被控訴人に対し、控訴人は被控訴人からその製造する商品を買付けることとし、その代金のうちの二割、及び控訴人が被控訴人からの依頼に応じて手形を割引いたときには、その割引対価のうちの一割を各控除し、その控除した金額で前認定の控訴人の売掛代金債権に充当することとして、同売掛代金債務の支払代金債務の支払を猶予したと認めるのが相当であることは、原判決理由二の最初から一五行目の「昭和三四年一月」から同三七行目の「を認めたものと看ることができる。」に判示しあると同一であるから、これを引用する。但し、同一五行目の最初に「被控訴人の支払猶予の和解が成立したとの抗弁に対する控訴人の答弁は、該抗弁を否認するとはいうものの、」、同三七行目の「を認めたものと看ることができる。」の次に「(芝野三郎、上田一郎が控訴人の右売掛代金債権の取立、支払猶予をすることについての権限を有していたことは、当審証人芝野三郎、上田一郎の各証言及び弁論の全趣旨から認めることができる)。」を各加える。
ところで、成立に争ない乙第三号証の三、当審の被控訴人代表者本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第四号証の五、当審における証人芝野三郎の証言及び被控訴代表者本人尋問の結果(但し一部)、弁論の全趣旨を綜合すれば、控訴人の請求によつて漸やく被控訴人は昭和三四年三月頃控訴人に商品見本を送付してきたが、それは一般市場の同種品物に較べて品質と価格が被控訴人の誠意が認められない程に不相当なものであつたので、控訴人は被控訴人から一切商品を買わないこととし、その旨を当時被控訴人に伝え、その後は控訴、被控訴人間には取引はないままに終始したが、控訴人は被控訴人に対し、本件訴状の送達をもつて売掛残代金の請求をしたこと(そして本件訴状が昭和三四年七月三〇日被控訴人に送達されたことは本件記録上明らたである)を認めることができる。右認定の経過に徴すれば、控訴人は訴状の送達をもつて支払猶予契約を解除して、残代金債権金一、五五〇、七七三円の請求をしたものと認めるのが相当である。之を要するに、控訴人は支払猶予の約束に従い履行を催告して半年も被控訴人の債務の履行を待つたが、この間被控訴人から適当な商品、手形、代金の提供もなかつたのであり、そのため控訴人は支払猶予契約を解除したものであるから、支払猶予契約(後記のとおり継続的債権契約であるが)は、民法五四一条により有効に解除されたものと判断する。
(二)(イ) ところで、支払猶予の効果については、法律は何等の規定をしていないので、その効果は、当該意思表示を解釈して決すべきであるが、この点について別段の定めのなかつた本件においては既に発生した履行遅滞に基づく損害賠償請求を免除するものではないと推定するのが相当である。従つて、被控訴人は控訴人に対し、昭和三二年九月六日以降(控訴人が本訴で請求しているのは、うち同三三年六月六日以降)支払猶予契約の日の前日(支払猶予契約の成立したのは昭和三四年一月下旬であるから、少なくとも昭和三四年一月一九日)までの遅延損害金を支払う義務がある。
(ロ) 次に支払猶予契約の解除の効果について考えるに、本件においては、控訴人は被控訴人に対して、前記売掛残代金債務の支払を猶予するとともに、この売掛残代金債権につき、被控訴人の控訴人に対して生ずる債権をもつて相殺する旨の契約がなされたこと前認定のとおりであるが、支払猶予契約は、その支払猶予期間を通じ、継続して控訴人が右履行遅滞にある売掛残代金債権について履行遅滞を終了せしめて、その履行遅滞の効果を主張できない不利益を控訴人が負担する性質を有するものでつまり継続的債権契約であるから、この契約解除は講学上の告知に該当し、解除の意思表示のあつたとき以後、将来に向つてのみ法律関係を消滅せしめる効果を有するにすぎないものと解すべきである。従つて被控訴人は控訴人に対し、昭和三四年一月二〇日から同年七月三〇日までは、前記売掛残代金について遅延損害金を支払う義務がない。
三、そうすれば、被控訴人は控訴人に対し、金一、五五〇、七七三円及びこれに対する昭和三三年六月六日以降同三四年一月一九日まで、同年七月三一日以降完済にいたるまで商法所定年六分の遅延損害金を支払うべきである。そして、控訴人の請求中、その余は理由がないから、失当として棄却すべきである。従つて、控訴人の請求は、右の限度において認容すべきであり、これと趣旨を異にする原判決は不当であるから、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条、九二条、一九六条一項を適用し、主文のとおり判決する。
(裁訴官 安部覚 山田鷹夫 鈴木重信)